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蝶樹の浅海人奇譚

to be or not to be anywhere to be that i will be … to be going to go on with the tortoise 'Saku' and my sincere companion , If justice is human love …

陽(よう)に落ちる世界

こんばんわ

もうすぐ梅雨の時期がまいりすね。ジメジメは少し苦手な主人サクでございます。

アカアシのサクは感じる日本の季節で梅雨の時期は快適な時期かと思います。アカアシガメにとっては、日本の冬は乾燥と冷えで過酷な期間を越し、梅雨の季節は安らぎの時期となります。

生息域から遠く離れた土地で一緒に暮らしてくれるアカアシガメのサクは人間の友以上に親しみを感じます。

ある保守派の論客で有名な方ですが、人生は一人の伴侶、一人の友人ができれば生まれてきた甲斐があるものよと言われています。

一人の伴侶はともかく、一人の友人は大変難しいと歳を重ねるたびに思います。

主人サクにとって、一人の友は正にアカアシガメのサクなのかもしれません。

残念ながらリアル世界には人間として心から尊敬できる友人は一人もいません。

ネットでしか繋がりのないブログ仲間に素敵な友人と思える人がひとりいます。

光の音 / Himeのブログ

Himeさんがお書きになっているブログが主人サクは大好きです。彼女はすごく心が綺麗な方です。

また、そのタイトルである光の音というテーマも深遠で素晴らしい。

来月の初旬、つくば研究学園都市にある高エネ研高エネルギー加速器研究機構KEK)で一般公開講座に参加する予定で楽しみにしています。

素粒子のこと、宇宙のこと、スーパーコンピュータで明かされる最先端の世界に触れることができて、主人サクは住んでいる地元つくばに感謝してます。

ところで光は量子であり波の性質もあるわけですが、音と同じように受け入れる器官(アクセプター)が同化した器官に備えていたと想像するだけで、我々の世界は今とは全く異なった世界となっていたでしょう。

逆に、目と耳が分化する過程に進化上の真理があったはずだと思うと非常に興味深いです。

もっとも近くに感じる宇宙としての太陽、その光には限りがあり、いずれ陽(よう)の世界は気の遠くなる時間流れで暗黒の世界へ吸い込まれてゆくことになります。

想像するだけで恐怖を感じます。

それが音という感性で受け入れたとき、まったく異なる世界が広がることに気づくはずです。

もし光を明暗でなく音として感じる世界であったら、そこには宗教上で最大のテーマでもある死後世界、そこにある光眩く極楽浄土なる世界も存在しません。

そこには波の性質として感じ取れる世界だけで明暗という概念など無いのです。

ここで精神世界に話を展開します。

中村天風先生が生前にお話になっていたことですが、口から悪態をつくことは半永久的に発する口内に振動として残り、悪い気となり伝搬するということでした。

小生のブログで良く取り上げることですが、人間は自尊心と虚栄心に生きる感情の動物です。これは本能であるから逃げることはできません。

大切なのはその自覚が本人にあるか否かです。身の丈にあった虚栄心は人の成長に大切な糧となるでしょう。過剰な虚栄心は身を滅ぼすでしょう。

その虚栄心の伝搬の波は、歳を重ねるごとに感覚として敏感に研ぎ澄まされるようです。

この世界に存在した長さによって、その人間が発してきた波が蓄積されるわけです。

大半の人間が本能の思うがままに生きて悪い気を貯めているようです。

それ故に距離を置かないで一生付き合える友人とめぐり逢うのは難しいといえます。

なかには稀に綺麗な気をもった人に会うと感動します。

HIMEさんはそんな人ですよ。
ありがとうHIMEさん!

この世界は闇に落ちる世界という固定観念がありますが、陽(よう)に落ちる世界となるのは観方次第なんです。それは明暗でなく全てが波だからです。


サク