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蝶樹の浅海人奇譚

to be or not to be anywhere to be that i will be … to be going to go on with the tortoise 'Saku' and my sincere companion , If justice is human love …

未来の景色は思い出という名の記憶の粒からできている

想念

こんにちは。

今回はテースト固めです。
このような記事で繋がっている方もいるわけで、固い話が嫌な方はスルーください笑


人は歳を取るたびに時間の流れがはやく感じるようになる。

何故なのか? 
ちょっと立ち止まって思慮してみる。

そこには時間に対する感性がすべてだと感じる。
今の時間に触れるということは、過去の記憶に築きあげられた潜在意識から

想起される精神世界の中の自分を見つめることに他ならない。

そのひとつひとつが記憶の粒である

人は老いることで記憶の粒が蓄積される密度が少なくなる。

瞬間瞬間に生きている我々は必然的に時間が紡ぎ出す記憶、つまり精神世界を形成する時間という糸目は老いとともに粗くなると思われる。

いっぽう人の感性はじめ心をつくる思考領域の容量は老化でそれほど変わらないのではないかと思うのだ。

老いとともに記憶の粒が「忘れる」能力により定着の強い記憶のみだけとなる。

我々が常に時間を感じるとき、ひき出す記憶の粒は年齢ともに粗くなる。強い記憶に占有された時間密度の空きた精神世界、それは現実世界が短い時間量で再構築されて実際の時間より短い錯覚をもたらす。

つまり、手繰り寄せる記憶の粒は老いることで更に遠い過去まで及びことになり、相対的に時間感覚の短さをもたらすだろうと推量するわけだ。

このことは、必然的に未来の世界観が過去・現在の記憶のうえで存在し、突如として未来の世界観が変容することはないということだ。

そこでサクの提案である。

いま、あなたがある事に悩み苦しんでいるとしよう。
そんなことをあなたの未来のために強い記憶として残さないことだ。

悩み苦しむことを停止しよう。
脳を休めよう。心を休めよう。

つらい記憶を強化してはいけない!

寝るという逃げ道がある。
泣くという感情にまかせることも必要だろう。

人間は感情に支配される動物なのだから。

そして、
 「未来の景色は思い出という名の記憶の粒からできている
のだから・・・

「う~ん、寝るのは得意!」


サク